Episode ここだけの話など

010.「田村文庫」について 

男子の本懐
 
ご紹介いただきました田村でございます。
今日は本当に緊張しております。
陸上自衛隊幹部候補生学校において、こうやって話ができるという事は、僕にとっては、城山三郎の小説ではありませんが、まさに「男子の本懐」という感じがいたします。

城山三郎の小説『男子の本懐』は、濱口雄幸総理大臣のお話です。
その濱口が、総理に就任するに際して、家族に語った言葉があります。
「すでに決死だから、途中、何事が起こって中道でたおれることがあっても、もとより男子として本懐である。」
本気で、命の限り、日本の為に仕事をしようという決意が表れています。

第27代内閣総理大臣・濱口雄幸(1870-1931)

僕の尊敬する防衛庁長官で、伊藤宗一郎さんという衆議院議長をされた方がいます。
伊藤さんは、防衛庁長官に就任された際に「男子の本懐です。」と言われました。
僕は、防衛大臣にはなれませんし、総理大臣にもなれません。
しかし、僕にとっては、幹部候補生学校の皆さんの前で話ができるという事が、まさに「男子の本懐」であるのです。
こういう機会を与えてくださいました学校長、そして、皆さん方に、本当に心から感謝を申し上げたいと思います。
どうもありがとうございます。

陸上自衛隊幹部候補生学校との出会い
 
これから僕がお話する演題は「田村文庫」についてです。
まず、「田村文庫」はどうしてできたのかという話からしたいと思います。
 
僕の最も親しい陸上自衛官は、番匠幸一郎という男であります。番匠さんと僕は非常に親しいわけでございます。
彼がイラク復興支援群長としてイラクに派遣されることになり、北海道の旭川市で式典が行われました。そこに僕も参列しました。

彼と別れ際に握手した時に、僕は驚きました。なんで驚いたかというと、握手をした後に、僕のこの手から血が出ているのです。
番匠さんの握手の力が、非常に強かったのです。
それは彼が、「もう二度と田村さんに会えないかもしれない」と考えていたからでした。
彼は、命がけでイラクに旅立ちました。
しかし、絶対に問題を起こしてはいけないし、日本の自衛隊という看板を背負って行くのだから、何としても無事に帰って来たいと。
それと同時に、イラクの人たちの為になることを、何が何でもやるんだという気持ちで、出かけて行ったわけでございます。

田村文庫ができた理由
 
そして、彼は無事に帰国し、陸上自衛隊の広報室長などを経て陸上自衛隊幹部候補生学校の学校長になりました。
ちょうどその頃、僕が自民党の研修会の講師として招かれることになり、途中でこの幹部候補生学校に寄りました。
僕の目的は、番匠さんに図書館に置くための本を買ってもらうことでした。
僕は、自衛隊のためになる本を書いていますから、ちょうどいいチャンスだなと思って来たのです。
そこで話をしてみると、この学校の図書館の予算は、年間30万円にも満たないと聞きました。「ええ?30万円しかないんですか?」と驚きました。
僕は、本を一年間に30万円以上買っていますから、僕一人よりも少ないのです。
その後、図書館を見せていただいて、さらに驚きました。これが図書館なのかという感じなのです。これでは、学生諸君も図書館に行って勉強しようという気にはならないだろうと感じました。
それで、番匠さんに
「僕の持っている本を送りますから、学生の皆さんに読ませてください。きっと役に立ちますから。」
と申し出て、本を贈ることになったわけです。

本から何を学ぶか
 
いろんな本があります。
僕は自民党に奉職していますから、政治の本が一番多いです。
そして、農林水産の仕事をしましたから、そんな本もあります。
今は、防衛や外交といった担当の仕事をしていますから、そういう関係の本もあります。インテリジェンスの関係の本もあります。
自民党を代表して地方で講演すると、いろんな質問が出ますので、それにそなえて経済や社会保障といった本も読むようにしていますから、そういう本もたくさんあります。
なかでも、皆さん方に一番読んでもらいたい本は、「人間学」に関する本です。
安岡正篤さんの本、それから山本七平さんの本。
そのあたりが、「田村文庫」の一番の特徴だと思います。

人間学の泰斗・安岡正篤(1898-1983)
そこには、我々はどう生きるべきかが書かれています。
皆さん方は、指導者になるわけですから、人をどう使うか、人をどう指導していくかをしっかり勉強していかなければいけません。
そういうことは、意外と学べるようで学べないものですので、「田村文庫」の本から学んでもらいたいと思うわけです。

なぜ、皆さん方は本で学ばないといけないかということをお話します。
たとえば、戦国武将の豊臣秀吉、彼などは苦労のどん底からどんどん這い上がり、出世していきます。太閤になるまで、トップになるまでは、並大抵の苦労ではありません。大変な苦労をしながら、それを克服して上がっていきます。
ですから、自らの体験、苦労を克服した経験そのものが勉強になっているのです。
だから、豊臣秀吉さんは、本を見て勉強する必要は無いのかもしれません。
ところが、戦国時代の二代目といわれる殿様になると話が違ってきます。
二代目の人は、最初から貧乏ではないのです。生まれた時から裕福で、殿様になることが決まっているのです。
だから、実際に貧乏な経験はしないし、庶民の苦しみも体験できない。
では、そういう殿様は、どうやって指導力を身に付けたのかということになります。
自分では体験できない。
そうなると、やはり書物で学ぶ、あるいは人から教わる以外にないわけです。
「篤姫」というNHKの大河ドラマがありました。
篤姫に島津斉彬が「篤姫、お前は何を勉強しているのか。」と問います。
篤姫は「四書でございます。」と答えました。

(四書『大学』の一節)

四書というのは、『論語』『大学』『中庸』そして『孟子』です。そういうものを勉強していたということです。
四書には、人間としてどうあるべきか、ということがきちんと書かれています。
それを学ぶことによって、人間関係をどういう風にしていったらいいか、指導者の心構えというのはどうあるべきか、そしてまた、人に対してどう接したらいいかということがわかります。
篤姫はそういうものを学んでいたがゆえに、あれだけの人物に成れたというわけです。 

小泉純一郎総理が5年以上続いたのは?
 
昔の話だけではありません。
近年では総理大臣を5年以上務められたのは、小泉純一郎さんだけです。(※講演当時、2012年(平成24)5月17日)
小泉さんが総理大臣を辞めた後の総選挙、自民党が大敗北しましたけれども、その選挙の時に、小泉さんが元首相として全国を遊説してまわることになりました。
僕は、自民党本部で事務局長に呼ばれて、ぜひ、小泉元総理の随行をしてもらいたいと頼まれました。
ご子息である進次郎さんが選挙に出ますから、小泉元総理の秘書たちも、もう全員そちらにかかりきりになるのです。それで、誰かしっかりとした人が小泉さんに付かなければならないということで、僕が付くことになりました。
二人で一緒に電車や飛行機に乗り、全国を回りました。

(小泉純一郎・元総理と)

遊説が終わった後、隣の席で弁当を食べるのです。
僕はあらかじめ、小泉さんが日本酒を飲むという情報を得ていましたから、ワンカップを出して二人で飲んで話をするのです。
僕もいろいろと質問しました。
 
その時の前回の総選挙、郵政選挙についてです。
僕は、小泉さんが郵政解散をやった時に、自民党は敗北すると思いました。なぜかといえば、分裂選挙になるからです。自民党が分裂して戦う選挙では、常識的には勝てるはずがないのです。
どうして解散を決心されたのか、僕は小泉総理に質問しました。
そうしたら、小泉さんはこう教えてくれました。
 
「自分は郵政の問題を一生懸命やった。だから、法案が否決されたら、自分は解散総選挙をやると言っていた。言っていたけれども、誰も信用しなかった。」
「あの亀井(静香)さんも信用しなかった。」
「そして郵政法案が否決された。だから自分は解散をした。」
 
そこにあるのは何かといったら、選挙に勝つ、負けるということではなくて、自分の信念を通すということです。その結果、その信念、迫力が国民に伝わって、結果的には、自民党が大勝利をすることになるのです。
言ったことは、必ず実行するということが大事なのです。
小泉さんは二代目三代目、世襲議員です。貧乏の経験などはしていません。
では、どうしてあれだけの肚(はら)ができたのか。いざというときには動じない肚ができたのか。それは自分で学んだからです。
小泉総理は、よく演説の中で、「政は正なり」といった『論語』や中国および日本古典の一節などのちょっとしたフレーズを使っていました。
学問をして自分で身に付けたのです。
『論語』などを一生懸命勉強して、自分が体験できないものを、学問によって身に付けていったのです。

今の政治に足りないのは
 
今の政治に最も足りないのは実はこれなのです。
実際の苦労をしないで、頭の中だけで、たとえば〇〇塾を出た、MBAを取得した、英語が上手にできるなど、いろんな物事を知っている人はたくさんいます。
でも、いざという時には、通用しないのです。
いざという時には、だいたい想像を超えた、マニュアルにない状況が待ち受けています。
その時にどう対処できるかということが重要なのです。
それはどうやって学ぶかといったら、「人間学」に学ぶしかないのです。
人間はどう行動するか、リーダーはどうあるべきか、というところを学んでおかないといけません。
経済学の知識があるとか、社会福祉の問題について詳しいとかいう話だけでは駄目なのです。
人間学をしっかり学んでおかねばなりません。
 
僕が仕えた政治家に、橋本龍太郎という総理大臣がいます。
かつて、自民党が野党になったことがあります。
宮澤政権の時に、解散総選挙をして自民党が敗北をし、細川護熙さんが連立政権のトップになって総理大臣になりました。その結果、自民党が野党になったわけです。
その時の自民党の政調会長が橋本龍太郎さんでした。
僕がその時の政調会長室長を務めました。

第82代内閣総理大臣・橋本龍太郎(1937-2006)

橋本さんも識見のある人物でした。やはりよく本を読んで勉強していました。
橋本さんも二世でしたが、しっかり勉強されていたのです。
 
現在の野田総理※は、大平正芳という総理大臣を手本にしていると伝えられています。(※講演当時)
僕が、大学を卒業して最初に務めた職場が、宏池会という派閥でした。宏池会の会長が大平正芳さんでした。
当時は三木内閣の大蔵大臣を務めておられました。

第68代内閣総理大臣・大平正芳(1910-1980)
大平さんは、香川県出身で一橋大学を出て大蔵省に入りました。そして、社会に出てから、役人になってからも、猛烈に読書されていました。
読書をされた結果、総理大臣になって、「哲人宰相」とまで言われたのです。
(読書をする大平総理 出典:香川県立図書館)

皆さん方は、必ずリーダーになるわけです。
指導者になるための、「人間学」を身に付けてください。
体験で身に付けられない部分は、書物において補うしかありません。そのために「田村文庫」というものを、ぜひ参考にしていただければと思います。

(学校からの感謝状は、筆者にとっても大切な宝物) 

これまでの寄贈書籍は1万冊を超え、現在11,855冊(2023年11月時点)。党務を離れた今も、わが国の未来を支える若者たちのために書籍を贈り続けている。
 
『いま、学ぶべき偉人伝!至誠通天』