Episode ここだけの話など

005.翔べなくなった鴨

「野鴨の哲学」
 
あだ名を「野生の鴨」と言われている日本BE研究所所長・行徳哲男氏から「野鴨の哲学」の話をお聞きしました。
「野鴨の哲学」とは、デンマークの哲学者キェルケゴールの話です。
キェルケゴールは父親が家政婦に産ませた子どもで、生まれたときから脊椎の病気をわずらい、屈折した青春時代を送っていた。父親はデンマーク郊外にあるジーランドという湖近くに彼を転地させました。
ジーランドの湖には毎年、野生の鴨が渡ってくる。その鴨たちを見つめながら、キェルケゴールは鴨に借りて人間たちに警告を発したのです。
それが「野鴨の哲学」です。
ジーランドの湖に一人の善良な老人が住んでいた。老人は、毎年遠くから飛んでくる野鴨たちにおいしい餌を与えました。
おいしい餌があり、景色もいい。この湖で過ごす季節は豊かで健康的で恵まれたものだった。しかし野生の鴨は渡り鳥だから、一つの湖に住みつくことはない。ある季節を過ごしたあとは、餌を求めて次の湖に翔び立つ習慣を持っていました。
 
ところが、鴨たちはだんだんと考え始めたのです。
こんなに景色がよくて、こんなにおいしい餌がたくさんあるのに、何も大変な苦労をして餌を求めて次の湖に翔び立つことはないじゃないか。いっそのこと、この湖に住みついてしまえば、毎日が豊かで楽しく、健康的で恵まれているじゃないかと。
 
そんなことで、この鴨たちはジーランドの湖に住みつき、翔ばなくなってしまったのです。
 
なるほど、確かに毎日が楽しくて豊かで恵まれていました。ところが、ある日、野生の鴨たちに出来事が起きました。
おいしい餌を用意してくれていた老人が老衰で死んでしまったのです。
明日からは食べる餌がなくなった。
野鴨たちは、次の湖へ餌を求めて翔び立とうとすると、どうしたことか、数千キロも飛べるはずの羽の力がまったくなくなって、翔ぶことはおろか、駆けることもできなくなってしまったのです。
 
やがて近くにあった高い山から雪解けの激流が湖に流れ込んできました。
他の鳥たちは丘に駆けあがったり翔び立ったりして激流を避けたものの、いまは醜く太ってしまったかつての野鴨たちは、なすすべもなく激流に押し流されてしまったのです。
 
これが、トーマス・ワトソンが、世界最強の企業集団「IBM」をつくるきっかけとなった哲学「野鴨の哲学」です。
IBMの社員たちの合言葉は、Wild Ducks(野生の鴨)です。
ワトソンは「ワイルドダックス(野生の鴨たれ)」という合言葉で、社員に「安住」を否定させたのです。そして、「IBM」を世界的企業に育てあげました。

画像出典:IBM.com

ワトソンの会社は3900人になり、父の哲学を受け継いだ息子のトーマス・ワトソン・ジュニアは『3900羽の野鴨たち』という本を出しました。
 
その本を読んでいた男がいました。アップルのスティーブ・ジョブスです。
あのリンゴをかじった会社のロゴマークは、ハングリー精神を意味しているのです。
「野生たれ!」ということです。太ったアヒルでなく、野生の鴨になれと。
 
野生の鴨というのは、1万200キロを無着陸飛行できるほどだそうです。実際にミュージーランドから中国までの距離を1週間と数時間で飛んで来ました。
野鴨は、寝ることもなく飛び続ける。だから、野生の鴨の羽ばたきはすごいということです。

日本で失われた「野鴨の哲学」
 
この「野鴨の哲学」こそ、実存主義という哲学のきっかけとなったのです。
「野鴨の哲学」は、いまの日本人に当てはめようとするとよくわかります。
敗戦の瓦礫の中から日本人は頑張って立ち上がり、繁栄を築きました。
いま、日本経済は行き詰っているといわれていますが、それでも経済大国であることには違いはないのです。食べるものの心配も、着るものの心配もまったくない。住む家の心配もない。水もただで飲める。安全で、自由で平和です。
 
こんな日本を外国人が評して「おいしい水と平和が『無料』だと思っている世界でたった一つの民族が日本人だ」と。しかし、この平和とか豊かさに酔いしれて、われわれは何か大きなものを失いかけているのではないでしょうか。
「野鴨の哲学」は、そういう日本人にとって最高の警告なのです。
そのことに気づいたとき、行徳先生は、自分の生きざまの一つをつかんだような気がしたと話されていました。
「キェルケゴールの哲学と出会って、自分の生きる道を開かれたような気がうする」と。
 
日本は、豊かさと平和を貪ったところから野生のエネルギーを失い始めました。
結局、「野鴨の哲学」というのは何かと言えば、安住安楽こそがすべての悪の根源だということなのです。
「何とかなっているから、いいじゃないか」
「これで十分じゃないか」
と思った時は、すでに悪が芽生えているわけです。
 
だから「野鴨の哲学」というのは、飼い慣らされるんじゃないぞ!
という強烈なメッセージです。
 
キェルケゴールの哲学を徹底的に研究した人物が、経営学者のピーター・ドラッカーでした。そのドラッカーは日本民族こそ世界最強の問題処理民族であると言っていました。
日本民族は大化の改新、応仁の乱、蒙古襲来、明治維新、第二次世界大戦、オイルショックなどさまざまな国難をことごとく乗り切ってきた。だからこそ、日本人がいまのこの程度の不況を乗り切れないはずがない、と述べています。
 
その意味でも、一刻も早く日本人も「野鴨の哲学」に学び、いまの日本国憲法に安住してはいけないのです。
再び、日本が輝くためには、野鴨のように翔ぶためにも、憲法を一刻も早く改正しないといけないのです。
 
『ここが変だよ日本国憲法!』